サックスを始めたのは中学1年生の夏。
その前に、親に買ってもらうまでに1年かかりました。

当時買ってもらったのはヤマハのYAS-32というアルトサックス。
カレッジモデルというランクで17万円だったと思います。

両親とも音楽は好きでしたがサックスとは無縁。
中学1年生に17万円のオモチャを買い与えるようなものですからそうすぐに買ってもらえる訳もありません。

サックスが欲しくなったのは小学校6年生の夏頃だったと思います。
それから買ってもらうまで毎日欠かさず「僕はサックスを吹くべきだ」とお願いし続けました。


サックスを親が楽器店から持ち帰って初めてケースを開けたときの感動は今でもよく覚えています。
僕はバレー部に入っていてその時は夏休みで、午後から部活へ行かないといけなかったのですがサックスを見たら行きたくなくなり「今日は部活を休む」と言ったら母親に却下されました。
その後間もなく部活をやめて朝から晩までサックスを吹いていました。
きっととんでもなくうるさかったと思います。


インターネットが普及してなかった時代ですから両親からレッスンを受けるように薦められました。
そして僕のサックス歴の中で唯一レッスンを受けた先生がジャズの人でした。

「サックスやるならチャーリーパーカーを聴け」
と言われました。

尾道の田舎のほうでしたからレンタルするにもCDがなかなか見つからず、ようやくアルバムを見つけてレンタルしました。
懐かしい機材「コンポ」でカセットテープにダビング(これも懐かしい単語)しました。

なんだかよくわかりませんでしたが凄い演奏なのはわかりました。
そしてジャズといえばビッグバンドしか聴いたことがなかったのでアドリブソロメインの演奏スタイルにも魅力を感じました。


1年と少しレッスンに通っていたある日、レッスンは突然終わります。
当時はそのやりとりをしらなかったので何年か後に聞いたのですが、「今日はお月謝の日」と母親に言われた父親が「またお月謝?もうやめさせろ」と言ったようで、そのまま教室に電話して退会。
僕が毎回のレッスンを楽しみにしていたので母親は辛かったと思いますが電話の後に「もうレッスンには行けないのよ」と言っていました。

ここでムカついてサックスを吹くことをやめるのも一つのパターンかもしれません。
ですが「そうなのかぁ」みたいな感覚だったと思います。

テキストは手元にありましたので相変わらず練習は毎日のようにやっていました。


ずっとレッスンを受けていたらまた違う形でサックスが上達していたのかもしれません。
結局ジャズのこともアドリブのことも習う段階までいきませんでしたが、レッスンをやめてからも「ジャズもアドリブもかっこいい!」と思っていたので自分なりに研究するようになりました。

毎週土曜日にNHK-FMで「ラジオジャズクラブ」というのが放送されていたのでそれを欠かさず録音して繰り返し聴いていました。
高校生になってからは楽器店で楽譜を立ち読みしたりたまには購入したりして知識を増やしました。


この頃の経験が音楽教室やライブのサポートなどで今でも役立っています。
「探すだけ探す、なかったら自分の耳を使って楽譜なり資料なり作る」というのが僕としては普通のことなのです。


以上、今回はサックスを始めた頃のお話でした。



【サックスとfujiborn】
割れたり欠けたりしたリードは捨てましょう

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